第零部
序章
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「吉口裕美!早くしろ!時間がないぞ!」
ある家で、数人の人だかりと専守防衛軍兵士がいた。なにやら外の野次馬達はざわざわと騒いでいた。「かわいそうに」や「決めた事だからな」とか
「うわ、まじかよ」など、さまざまな声が飛び交っている。中には若い子供連れのお母さんが、子供の目を手で隠しながらその場を去っていく姿もあった。
家の中では、うなだれる様な声が響いていた。
「うう、うう、お父さん、お母さん」
一人の少女の足元には、血で染まった家族の体があった。数分前まで
あんなに暖かかった体が、今は硬く冷たい。まるでただの冷凍庫にある肉の塊だった。血は無臭だと思っていたが、これだけの死体があれば
ぷんぷん臭ってくる。鉄、強烈な鉄の臭いがする。
「吉口裕美!早く準備をしろ」と、軍服をきた男たちが黒く長い物をこちらに構えていた。自分一人だけで誰も助けてくれる人はいない。
兵士の声に少し反発したような声で「私は、学校に行ってないのよ!私がなんでプログラムに参加しなきゃならないのよ」と、
少女の声が静寂を保っていた部屋に響いた。そして、兵士の一人が少女に向かって言った。
「おい、女子二十番吉口裕美!プログラムに参加しないのだったら、貴様を今すぐ射殺する」
この言葉に驚いたのだろうか、家族の死体の中に座り込む、香川県善通寺第四中学3年E組の吉口裕美(女子二十番)は、体がぶるぶる震えていた。
――――反抗できない――――
なんでこんな事になるのだろう。ああ、お父さんお母さん。みんなみんな・・・・。
去年の冬から休みがちになっていた。友達はたくさんいた。だけど自分が学校に行きたくない理由が1つだけある。それは"プログラム"と呼ばれる
殺人ゲームに出たくないからだ。毎年全国で行なわれる中学3年生を対象に任意に50クラスが選ばれる・・・。ゲームに参加すれば、殺し合いという実感のわかない
事を強制的にやらされる。噂では、今年は自分のクラスが選ばれる可能性が高いと誰かが言ってた。
友達を殺すのも嫌。自分が死ぬのも嫌。このゲーム自体間違ってる。だから自分は不登校になった。
仲の良い友達やクラスのみんな、先生には黙っていたが、家族にだけはきちんと伝えておいた。お母さんは「あなたをプログラムに参加させたりはしない」と言っていた。
家族のみんなもそうだった。自分の味方。
その味方は、今はただの肉の塊と化している。
「おい!」
兵士の声がさらに強まったが、裕美の耳には何も聞こえていなかった。
裕美は思い出していた、これまでの生きてきた人生。ああ、私はどうなるのだろう。射殺か友達か。神様はどう思うんでしょうか?
助けてはくれないんでしょうか?
その時だった。裕美に向いていたライフル銃や、その周りを囲むようにいた兵士達のライフル銃が、眩い光を放った。
裕美には音が全く聞こえなかった。いや、聞こえていたかも知れない。
だがあまりにも近すぎて、なにがどうなっているのか分からなかった。「バラララ」と、とてつもなく冷たく重い音だったのは分かった。
ぼん!ぼん!ぼん!と、裕美の体は一瞬にして踊り狂い、そしてその場の床に倒れこんだ。
裕美の耳には既に物音が鮮明に聞こえていた。何も聞こえなかったのではなく、聞こえなくしていたのだ。
そして家の外の野次馬たちは、ざわざわと騒いでいる。家から出てきた兵士達は少し早歩きで、ジープに乗ってその家を後にして行った。
ジープとすれ違いで、一つの蒼い軽トラックが家の前で止まった。車から降りたのはなにやら2人の清掃服を着た人間で、颯爽と家の中に入っていく。
今はただ、血に染まった肉の塊が数個並んでいるだけの家に・・・。
こうして吉口裕美の死が、恐怖と化す"ゲーム"の幕開けになった・・・。
【カウントなし】